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現実

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「生きていてくれて良かった」と、あれこれを物理的に生き延びた人に回りは言うが、その生きていて良かったという人生をこれからも生き続けていかなければならないのは、その否応なく生き延びることになった本人だ。

周りは1度か2度、「よかったな」と言えば終わりかもしれないが、当人の人生は、そのままずっと続く。24時間7日間365日。


ほんとうに生き延びてよかったのかと、生き延びた後に思う。死んでしまえばよかったんだなんて、誰の前でも口には出せないが、なぜもうちょっとうまくやって殺すところまで行ってくれなかったと、加害者を責めている。そうすれば、その後で殺されかけた人が、少なくともひとり減ったはずだ。

生き延びてよかったと口にするのは、世間に対する建前だ。言いながらいつだって、ほんとは死ねばよかったんだと思ってるんだ。

なぜ生かされたのかわからない。なぜあの人ではなくこの人ではなく、自分が生き延びたのか、わからない。

運が良かったのだと思うと同時に、ほんとうにそれは運が良かったのだろうかとも思う。もしかすると、これは何か理不尽な罰なのかもしれない。


あの時死んでしまえなかったことを、死ぬほど後悔している。自分が招いた事件ではなかったが、こちらは死んだという自覚もなく、向こうも殺人という自覚はなく、そうやってきれいさっぱり終わってしまえただろうに。

生き延びた"幸運"とやらの後で、泥沼の底に叩き込まれるとは思わなかった。

首を吊る場所を目で探すことが増えた。ロープ類は手元には置かないことにする。誰が悲しむとは思わないが、親不孝だという自覚はあるので。

あれ以後、こちらに対して異常に穏やかになった親の生きている間は、息を止めるのを無理にやるのはやめておこうと思う。


衝動と戦うために、酒を飲んで酔っ払う。アル中もたいがいタチが悪いが、鬱の悪化で衝動的に自殺するのと、どっちがショックだろうな。

言えば少し楽になる。

さて、コーヒーでもいれるか。

投稿者 y6p6jr | 返信 (0) | トラックバック (0)

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